東京地方裁判所 平成7年(ワ)11838号 判決 1997年2月28日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
白石光征
被告
乙株式会社
右代表者代表取締役
丙山太郎
被告
丙山太郎
右被告ら訴訟代理人弁護士
弘中徹
同
三好重臣
右訴訟復代理人弁護士
早坂亨
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金一〇〇万円及びこれに対する平成七年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する平成七年三月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告乙株式会社は、原告に対し、金五四万円及び内金二七万円に対する平成六年一一月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 被告丙山太郎(以下、被告丙山という、昭和一七年生まれ)は、被告乙株式会社(以下、被告会社という)の代表者であり、原告(昭和一八年生まれ)は平成二年五月一四日に被告会社に雇用された。原告の入社当時、被告会社では、被告丙山の他にA、B、Cの三名の男性と原告の他に一名の女性が働いていたが、右女性社員が一か月程で辞めたため、それ以降平成五年七月ころまで女性としては原告のみが働いていた。
2 被告丙山は、原告に対して次のような不法行為を行った。
(一) 被告丙山は、平成五年七月ころまでは男性社員が営業等で外出して職場には原告と二人になることが多かったため、原告に対し、話をする際にそばに寄って来て首に手を廻したり、背中をなでる等した。
(二) 被告丙山は、サッポロビールのちらし等の発送作業を行う際に(多い時で月に四ないし五回)原告を手伝っていたが、右作業が空き机を行ったり来たりする作業であったため、擦れ違いざまに原告の手や尻に触り、倒れかかったふりをして抱きつく等し、原告が抗議すると「こんな作業まじめにやってるのは馬鹿らしい、楽しんでやらなくっちゃ、あっはっはっ。」等と述べた。
(三) 被告丙山は、毎月、原告に対し、生理のことに関して「まだあるのか、おかしいんじゃないか。女房はとっくに終わってるぞ。」「若い子だったら聞けないが、量は多いのか。」等と聞いた。
(四) 被告丙山は、原告と二人になると午後四時ころから酒を飲み出すことが多かったが、原告に対し、酒を買いに行かせて一緒に飲むことを強要し、飲酒中には「好きだよ」「でもあちらの方は糖尿病だから駄目なんだ。」等と話し、また、原告の残業が終わるのを待って、原告を飲みに連れ出して「好きだよ」等の発言を繰り返した。
(五) 被告丙山は、平成六年二月七日午後四時ころ、被告会社の事務室の中で原告を追いかけ回し、捕まえて羽交い締めにして、「おしっこしーしー」と言いながら、母親が後ろから幼児を抱えて小便をさせるような格好をさせ、原告が泣いていると再度追いかけ回して同じことを行った。
(六) 被告丙山は、原告が平成六年二月七日以降、事務的にのみ接するようになったところ、些細なことにも怒鳴り「おい、コーヒー」「おい、タバコ」等と原告をアゴで使うようになった。
(七) 被告丙山は、平成六年一一月七日、原告が平成六年二月七日以降被告丙山の性的嫌がらせに対して断固拒否する態度をとるようになったことに対する報復措置として原告を解雇する旨の通告を行った。
3(一) 被告丙山の前記2(一)ないし(六)の行為は、原告の人格権を侵害し、あるいは働き易い職場環境の中で働く利益を著しく侵害するもので違法であるし、前記2(七)の解雇は不当解雇で違法である。原告は、右不法行為により精神的苦痛を被り、これを慰謝するためには少なくとも三〇〇万円が必要である。
(二)被告会社は、代表者である被告丙山の右不法行為につき連帯して責任を追うべきである(民法四四条一項)。
4 原告は、被告会社に対し、労働基準法二〇条一項により、解雇予告手当として二七万円及び同額の付加金(労働基準法一一四条)の支払義務がある。
よって、原告は、被告ら各自に対し、不法行為に基づく損害賠償金として金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成七年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告会社に対し、解雇予告手当金二七万円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成六年一一月八日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払並びに付加金二七万円の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否(被告ら共通)
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)のうち、平成五年七月ころまでは男性社員が営業等で外出して職場には被告丙山と原告が二人になることが多かったことは認め、その余の事実は否認する。原告と被告丙山とは机が離れており、被告丙山が原告の席に行く必要はない。原告は、何かと理由をつけて被告丙山の席に来ており、原告が「あれ購入してきます」と言うので「あれとは何か」と言うと、「二人だけの秘密で酒のことです」等と述べたこともあった。
(二) 同2(二)の事実は否認する。原告主張の作業を被告丙山が手伝うこと自体が稀であり、手伝う場合にも空き机を行ったり来たりすることはない。
(三) 同2(三)の事実は否認する。被告丙山は、社員とは個人的な事柄について会話を交わさないことを経営の信条としており、原告主張の事実は虚偽である。
(四) 同2(四)のうち、原告に酒を買いに行かせたこと及び原告と一緒に飲みに行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。原告が被告丙山を誘って飲酒したことが多く、被告丙山から誘ったことは少ない。原告から「冷えた缶がいいので、酒店で一番冷えている缶ビールを購入してきます。」「サッポロビールの黒ラベルの缶ビールは最高においしいです。」「外では鰻の白焼きがうまいし好きです。」等と述べて被告丙山を誘っていたし、「Dさん(原告の紹介者)が原告に『社長と関係をもつことにより永久就職よ』といっていました。」と述べて被告丙山を誘うこともあった。
(五) 同2(五)の事実は否認する。
(六) 同2(六)の事実は否認する。
(七) 同2(七)のうち、被告丙山が平成六年一一月七日に原告を解雇する旨の通告を行ったことは認め、その余の事実は否認する。
3 同3は争う。
4 同4のうち、解雇予告手当の金額が二七万円であること、右金額を原告の解雇にともなって支払うべき義務があることは認め、その余は争う。
三 被告らの主張
1 被告会社が原告を解雇したのは、入社時から何度も注意したのにもかかわらず、始業時間が九時であるのに、九時三〇分過ぎに出勤していたこと、平成六年九月に一〇日間の入院をしたのに診断書を提出しなかったこと、A専務やC部長に対して「ちゃん」付けで呼ぶ等勤務態度が悪かったことが理由である。
2 被告会社は、原告に対し、解雇予告手当として二七万円を支払った。
四 被告らの主張に対する認否
1 被告らの主張1の事実は否認する。
2 同2の事実は否認する。二七万円の支払を受けたことは認めるが退職金としての支払を受けたものである。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがないところ、被告会社における社員等の勤務状況、作業内容、原告と被告丙山の普段の状況等については、右争いのない事実及び証拠(甲二ないし四、六、原告、被告丙山〔一部〕)によれば次の事実が認められる。
1 原告が平成二年五月に被告会社に入社した当時、被告会社には被告丙山の他に、A、B、Cの三名の男性と原告の他に一名の女性が働いていたが、その後一か月程で右女性社員が退職し、平成四年八月ころにBが退職した。平成五年七月ころから一〇月ころまでは、原告の他に一名の女性がパートタイマーとして勤務しており(なお右パートタイマーとしては三名の女性が次々と入社して退社した)、同年一〇月ころから平成六年一〇月ころまでは、Eがパートタイマーとして勤務していた。
2 被告会社では、男性社員が営業等で外にでることが多かったため、平成四年八月から平成五年七月ころまで、原告と被告丙山が被告会社の事務室に二人だけになることが多く、また、平成五年七月以降も、パートタイマーの女性が午後三時ないし四時に退社するため、午後四時以降は二人だけになることが多かった。
3 被告会社では、多いときで月に四ないし五回程度、サッポロビールのちらし等の発送作業を行っていたが、一回に多量のちらし等を一〇〇か所以上の特約店別に仕分けして梱包等を行うため、空き机二つと原告の机等を行ったり来たりして仕分け等を行っていた。この作業は、決められた時間内に行う必要があったため、原告及び被告丙山の他に、平成四年七月以前にはBが、平成五年八月以降についてはパートタイマーの女性が一緒に作業をしていた。
4 被告丙山は、原告と二人になると、原告に酒等を買いに行かせ、夕方から被告会社の事務室内で飲酒することが多く、また、平成四年八月ころから平成六年二月ころまでは、週に二回程度、勤務時間が終了した後に原告を誘って居酒屋等へ行っていた。しかし、原告は、同年二月七日以降、被告丙山と共に飲酒をしたり居酒屋へ行くことを拒絶するようになった(被告丙山は原告と飲酒しなくなったのは平成六年四月ないし五月以降であると供述しているが、Eが原告が被告丙山に事務的に接するようになった時期について同年二月七日以降である旨陳述していること〔甲四〕に照らすと被告丙山の右供述は採用できない。)。
二 請求原因2及び同3(一)(被告丙山の不法行為)について検討する。
1 請求原因2(一)ないし(三)及び(五)について、証拠(甲二、四、六、原告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告丙山は、平成四年八月ころから平成五年七月ころまでの間に一か月に数回にわたり、被告丙山と原告が被告会社の事務室で二人だけになったとき、殊にサッポロビールのちらし等の発送作業を行う際に、原告の手や尻に触り、あるいは倒れかかったふりをして抱きつく等の行為を行った(なお請求原因2(一)及び(二)のうち、これ以外の時期については他の者も一緒に作業を行っていたし〔前記一3〕、その他の点については具体的にこれを認めるに足りる証拠がない。)。
(二) 被告丙山は、原告が入社してから平成六年二月七日ころまでの間、少なくとも数回にわたり、勤務中の原告に対し、生理のことに関して「まだあるのか、おかしいんじゃないか。女房はとっくに終わってるぞ。」「若い子だったら聞けないが、量は多いのか。」等と聞いた。
(三) 被告丙山は、平成六年二月七日午後四時ころ、被告会社の事務室の中で原告を追いかけ回し、捕まえて羽交い締めにして、「おしっこしーしー」と言いながら、母親が後ろから幼児を抱えて小便をさせるような格好をさせ、原告が泣いていると再度追いかけ回して同じことを行った。
ところで、被告丙山は右各行為を否定する供述をする(陳述書〔乙一〕)が、サッポロビールの発送作業について現実には被告丙山も一緒に行い、作業自体は席を立って行うことも多いのにもかかわらず〔前記一3〕、被告丙山は手伝うことが稀であるとか、あまり動く必要もない等の主張や供述を行っていること、被告丙山がEに対して原告の悪口や私生活のことを話しているのにもかかわらず〔甲四〕、被告丙山は女性社員とは個人的なことや私的なことは話さない旨の供述をしていること、原告が被告丙山と居酒屋へ行かなくなったのは平成六年二月七日以降であるのに〔前記一4〕、被告丙山は平成六年四月ないし五月以降であると供述している等、被告丙山の供述には全体として信用できない部分が多いことに加え、Eも被告丙山から肩を押さえられたり、頭を抱きかかえられたりすることがあったと認められること〔甲四〕、平成六年二月七日の出来事については、原告の供述が極めて具体的であり、それ以降原告が被告丙山に事務的な態度で臨んでいるとの原告の供述には合理性があるのに対し、被告丙山は原告の態度が変わった時期について虚偽の供述をしているうえ、その理由について合理的な説明をしていないこと等に照らすと、被告丙山の右各行為を否定する供述は採用できない。
そして、被告丙山の右各行為は、原告の人格権を違法に侵害するもので不法行為を構成するものと認められ、これらによる慰謝料損害については、前記認定の右各不法行為が行われた状況、態様、頻度、原告と被告丙山の普段の状況、その他一切の事情を斟酌すると五〇万円をもって相当と認められる。
2 請求原因2(四)について検討するに、前記一4の事実及び証拠(甲二、四、六、原告)によれは、平成四年八月ころから平成六年二月ころまでの間、被告丙山は、原告と二人になると午後四時ころから酒を飲み出すことが多く、原告に酒を買いに行かせていたこと、一週間に二回程度は原告を飲みに連れ出していたこと、右飲酒中に「好きだよ」等の発言をしていたことが認められるものの、飲酒あるいは一緒に飲みに行くことを強要したこと等、右認定以外の事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右認定事実が不法行為を構成するものとは認められないから、この点に関する原告の主張は理由がない。
3 請求原因2(六)について検討するに、証拠(甲二、四、六、原告)によれば、被告丙山は、原告が平成六年二月七日以降、事務的にのみ接するようになったところ、些細なことにも怒鳴り「おい、コーヒー」「おい、タバコ」等と原告をアゴで使うようになったことが認められるものの、これが不法行為を構成するまでのものとは認められないから、この点に関する原告の主張は理由がない。
4 請求原因2(七)、被告らの主張1について検討するに、被告丙山が原告に対して平成六年一一月七日に解雇の通告を行ったことは当事者間に争いがないので、右解雇が違法なものであるか否かを判断する。証拠(甲二、六、原告、被告丙山〔一部〕)によれば、原告は入社時から解雇時まで、一週間に何回かは、始業時間が九時であるのにもかかわらず、九時を過ぎて出勤していたこと、平成六年九月に七日間の入院をしたのに診断書を提出しなかったこと、原告が被告丙山と話をする際に何度かA専務やC部長のことを「ちゃん」付けで呼んだことが認められる。しかしながら、証拠(甲二、六、原告)及び弁論の全趣旨によれは、被告会社は出勤時間と退勤時間をタイムカード等によって管理しているわけではなく、原告は出勤時間が遅れた場合には退勤時間を遅らせて勤務していたこと、被告会社は遅刻については数回口頭で注意をしたに過ぎないこと、原告は平成六年九月に足の手術を受けて七日間の入院をしたが、右入院について被告丙山に報告して了解をとっていること、退院後も松葉杖を使用して出勤しなければならなかったために少なくとも退院後に出勤時間を遅らせることについて、一旦は被告丙山が了解したことが認められ、これらを考慮すると、右解雇は普通解雇を前提としても解雇権の濫用にあたる違法なものであると認められる。
そして、原告は、被告丙山の違法な解雇により、結果的に被告会社で勤務を続けることができなくなったのであるから、被告丙山の右行為は不法行為を構成するものと認められ、慰謝料損害については、前記認定の解雇の理由と原告の従前の勤務態度、原告は違法な解雇であっても結果的にこれを受け入れて被告会社で勤務を続けることができなくなったこと(原告、弁論の全趣旨)、原告の一カ月分の賃金が二七万円であったこと(甲五)、その他一切の事情を斟酌すると五〇万円をもって相当と認められる。
5 したがって、原告の被告丙山に対する不法行為に基づく損害賠償請求は一〇〇万円の範囲で理由がある。
三 請求原因3(二)(被告会社の不法行為)について検討する。
1 前記二1(一)ないし(三)で認定した不法行為は、勤務時間中に被告会社の事務室内で行われたものであるし、原告がこれを拒絶できなかったのは、被告丙山が被告会社の代表者としての地位を利用して行った行為であったためと認められる(原告、弁論の全趣旨)。したがって、右各不法行為は、被告丙山の代表者としての職務執行と密接な関連性が認められ、被告会社は、これについて民法四四条一項により、被告丙山と連帯して責任を負うべきものであると認められる。
2 前記二4で認定した不法行為は、従業員たる原告を解雇したもので、被告丙山が被告会社の代表者としての職務執行として行ったものであるから、被告会社は、これについて民法四四条一項により、被告丙山と連帯して責任を負うべきものであると認められる。
3 したがって、原告の被告会社に対する不法行為に基づく損害賠償請求は一〇〇万円の範囲で理由がある。
四 請求原因4及び被告らの主張2(解雇予告手当等)について検討する。解雇予告手当の金額が二七万円であること、解雇に際して原告が被告会社から二七万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないところ、原告は右金員につき退職金としての支払いを受けたものであると主張するので、右金員の支払が解雇予告手当としての支払であるか否かを判断する。被告丙山が原告に送付した書簡及び給与明細書には退職金を送金する旨の記載が存する(甲五、七)ものの、被告丙山は右書簡等を送付した段階で、会計事務所と相談して労働基準法上の必要性等を考慮し、解雇に際して一か月分の賃金相当額の支払のみをしようと考えていたのであり、右支払とは別に金員の支払を考えていたわけではないと認められるところ(甲七、被告丙山)、被告会社には退職金規程も退職金支払の慣行も存しない(弁論の全趣旨)のであるから、右送金はその名目にかかわらず解雇予告手当の支払としての効力を有するというべきである。したがって、請求原因4に関する原告の主張は理由がない。
五 以上によれば、本訴請求は、被告ら各自に対して不法行為に基づく損害賠償金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成七年三月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官片田信宏)